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今日は 雨水溝座 二日目でした。

中国の大連から来てくださった 「きく ・てい先生」の 講座がありました。

中国語で書かれた 元極功法の教科書を 念力をもって読んでくださいました。

エネルギーが 体に充満するからなのでしょうか 

きく先生は 汗ダクダク  

熱気にあふれる 講座になりました。

中国元極功法2部の 教科書の中に

「一字放光明」 という 言葉があります。

この 言葉は 平成16年10月24日に 高山市に

はじめて 「日之本元極」 の 錬功室を 開設した時に

増田先生が 色紙に 書かれた文字です。

私は、「はじめの一文字」は 最初の意味を示す 言葉だと 

思っていましたが、そのほかにも とっても 奥深い意味があることが 判りました。

ところで

この増田先生の 書かれた 「色紙」の文字は

光っているのだそうです。

ある時、母親が夜中に目が覚めて 気がついたら

部屋が明るかったので、どうしてかな? と 思いながら見渡していると

「一字放光明」の一の文字が 光っていたのだそうです。

不思議なことって あるものですね。

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私が 小学校の時に いじめにあったらしい。 と

このブログで 書いたら

私の姉が ブログを読んでいて

「私も同じように 貧乏なことを いじめられたことがある」 と 話してくれた。

そして、同じように 姉も いじめられていたとは 思わなかった。

らしい。 だって、事実だったから…

今では

私も 姉も 言いたいことは はっきりと言うし

人から 理屈に合わないことを 言われたら 反論するだろうし

中傷されれば 反撃もするだろう。

だから、たぶん 「気が強いビックリマーク」

ものすごく 強いのかも知れない。

これも 貧乏を我慢する 習慣

現実を ありのままに あたりまえだと 受け入れる 習慣

を 育ててくれた 母親のおかげかも知れません。

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木目込み人形が好きです。

創るのは なかなか 難しそうだけれど

品があって 静かで  地味ですが 好きです。

おひな様を 時間をかけて 飾った頃が 

なんとも 懐かしいですね。

不思議大好き ババタヌキ-ipodfile.jpg

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桃の節句の 季節ですね。

太陽の光も まぶしく輝いて

春めいてきました。

先日、九州産のタケノコを いただきました。

もうすぐ ももの節句 ひなまつり

春が やってきます。

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ある病気を 克服しつつある修練者が、先輩として 話をしてくれました。

同じ、病気に苦しんでいる 後輩への アドバイスです。

その 修練者の後輩は 不安をいっぱい抱えて 悩んでいました。

これから先、いったいどうして 歩いていけばいいのか 判らない。

という不安です。

そして、病気を克服しつつある先輩は 後輩に対して

こんな すてきなアドバイスを してくださいました。

「これから先に 起きるかも知れないことを あれこれ 心配するよりも

ただただ 修練をすることだと 思います。

そうすれば 自ずから 自分が 何をするべきか 判ってきますよ。 と

ただただ、懸命に 信じて修練をする。

単純で 簡単なようで 一番難しいことです。

このことが できるかどうかが すべての みちしるべの 鍵になります。

さて、あなたは… はてなマーク

そして 私は… はてなマーク

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私が 学生の頃 

とても仲の良い 友達がいました。

たまたま、くじ引きで 割り当てられた 部屋が同じだったのです。

半年間 同じ部屋で過ごして 心が通じ合って 仲良くなったのですが、

それは くじびきがもたらした 「偶然」でした。

その彼女は 私の誘いに同じて 長~く現在も 修練しているのですが

その彼女の 娘さんが 目に見えないモノ(神様の姿など)が みえたり

神様の 意識が受け取れたりする 特殊効能を持ちます。

神様に 伺いましたら

私と 彼女が 友達になり

その後、私は 日之本元極に出会って 講師となり

彼女は 功法を修練して  娘さんは 神を観る 

そういう 宿命です。


と言われます。

くじ引きや じゃんけんの 偶然の結果までもが

「宿命」 という 定めだったことが 判りました。

すべては、神様の意図なんだから

すべては、仕方がないと あきらめるしかありません

後悔しないこと

後悔しない 努力をしながら 導きに従って 歩きます。

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日之本元極には 偶然が たびたび おこります。

平成14年 高山に 日之本元極が 開設されたときに

膵臓の悪い方が 来られました。

そして、次々に

膵臓結石  糖尿病 膵炎 膵臓ガン の 方々などなど

次から 次に 膵臓が悪い方が 来られるようになりました。

きっと、膵臓を よくよく 観るように

よく観察するように とことん感じてみるように

神様が 偶然を創られたのでしょう。

そうして、膵臓にいる 「神ぽうの神様」 の 存在が徐々に

知らされて 姿が 発見されて 判ってきたのです。

そんな 偶然が ありました。

神様は 結果を知っていて 偶然を 創りだすのでしょう。

「歴史は 未来から 創られています。」

「偶然は 創られるのです。」  と

おっしゃっています。

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先日のこと

携帯電話のケーブルを 失ったので お店に行って 注文しました。

そして、注文の商品が お店に入庫するまで ケーブルを貸してくださいました。

受け取りの当日 あろうことか 私は

借りていて 返さなければいけない ケーブルをうっかり 忘れてお店に入りました。

借りたケーブルと 注文のケーブルを 引き代えます。 という 条件だったので

カウンターの前に 座ったとたん 私は

「ああ^ぁ ごめんなさい。ケーブル忘れてしまいました。」 と ため息をつきました。 

すると 携帯屋の お姉さん

「ああ~ぁ  すみません。」 と しきりに恐縮されます。

「せっかくきたけれど、また出直しますね」 と しょげかえる 私に

「すいません。申し訳ありません。ごめんなさい。」 と 何度もあやまる 携帯屋の お姉さん

謝っていただくような ことでは ないのですが、

この 「すいません。」には、いろんな 気持ちが 込められていました。

日本人は 「すいません」 を使いすぎて すべてを 曖昧にする。 と

よく話題になりますが、「すいません」 の 言葉を繰り返すだけで

会話が なりたつのも 悪くはないよなぁ と 思いながら 帰りました。

「すいません。」 いい言葉ですよね。ラブラブ

「すいません」 は 「すみません」 の 間違いではありません。

念のため

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母親が、通っているデイサービスを 代わりました。

規模の大きな 立派な施設から 

小規模で、民家を改造した 施設に変わったのです。

通っている方々も 元気な方が多くて 話ができますし

食事も 職員の方々の 雰囲気も 

とても良いので 喜んで通っています

さらに、運転手さんは、なんと 大阪の方で 

母親の自宅の すぐそばの ご出身の方でした。

大阪弁に 花が咲いています。

さらに、「毎日でもこのデイサービスに 通いたい」と 言っていますが

ここで、浮かれた気持ちに ブレーキがかかります。

「日之本に 修練に通わんと アカン あかん」

「修練するから、いいところに 出会えたんやから…」

「修練せな あかん」 と母親が 言いました。

いつも 元気に 楽しく過ごせるのも

「修練を 頑張っているからやビックリマーク」

「神様に いつも 感謝しているかや ビックリマーク」

「増田先生に ありがとう と 言ってるからやビックリマーク」

本気で、そう 思っているらしいです。ニコニコ

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少しずつ 日が長くなってきて

春の においが します。

夕日の 日差しも やさしくなって

さて、ものみな 息づく 春がもうすぐ来ますね (´0ノ`*)

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