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大ババタヌキは、

今年の12月に 99才の誕生日を迎えます。

かぞえ年で、100才です。

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子供たちと 孫 ひ孫 が高山に集合しました。

北は北海道から 埼玉県 愛知県 大阪府 四国の愛媛県まで

全国各地に住まいしている 親戚一同が

高山に 集まってきてくれました。

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企画は、今年の初め

どうしても この機会に集まらなければ

2度とチャンスは無いだろう という

姉ババタヌキの 発案です。

こうして縁をつないで 人を集める役割を

大ババタヌキは 努めてくれました

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カメ爺先生は

なんとしても この会が 

カイのあるものになるように と

支援してくださいました。

おかげさまで、とっても元気に 

盛大な会を終えることが出来ました。

その中の思い出話の紹介です。

孫たちが、口々に思い出話をしてくれました。

なかでも 思い出に残る教えは

欲しいものがあったときには3ヶ月は

買わないで我慢しなさい。

それでも まだ 欲しかったら買いなさい。

という教えです。

3ヶ月も経てば、季節も移り変わり

ほとんどのモノは、必要がなくなってしまいます。

それでも欲しいものは とっても大事なモノだから

買えばよい。

我慢をすることと 衝動的に行動することを諫めた教えです。

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先日、出かけたときに

「うどん」を食べました

運ばれてきた うどんに「七味」を かけようとして

ふたを取った 時の写真です。↓

なんと 極少量の 個包装

これは、湿気ないので 合理的!

かけ過ぎないので 便利!

だけれど ここまで 

個包装の 考え方が 進んできたことに

驚きと 失望を感じました

人と 人との距離が どんどん

遠くなっていく感じがします。

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先日の立冬錬功会では 歩法を担当しました。

錬功会の 歩法を担当するのは はじめてです

新宮神社を出発して⇒ 原山 ⇒ 飛騨の里へ向かいました

2時間の間 トイレ休憩を少々取りましたが

ずっと 歩き続けました。

天気も良くて 景色も良くて

身体も結構疲れて

汗もたくさん出て

気分爽快の 歩法でした。

高山市民は無料なので

次回の歩法の錬功では

再び 飛騨の里に向かおうと思います。

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日之本元極むち打ち症, 気功

ある方が 

貫頂を受けに来られました。

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いつもいつも

頭が重くて 首も痛い!

かといって 寝込むほどでも無い 

仕事にも行っているし 日常生活に

大きな支障はないものの 

とにかく 「不快」 で気分がスッキリしない

という生活を 何年も続けてきたので 

「仕方が無い」 「我慢するしか無いかな~」

と あきらめていたんです。

知人に勧められて 貫頂を受けたモノの

受けた直後は ほとんど変化がありませんでした。

まったく 何も判らないし、なにも変わったことなんか無いわ。

と 思いました。

ところが 気がついたら いつの間にか?

「頭の重さ、不快な感じ」 「首の痛み」 

が 無くなっていたんです。

四六時中 不快に思って 

あきらめかけていた 症状だったので

消えていることに 気がついた時には

本当に びっくりしました。

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と おっしゃいました。

詳しく お話を伺いますと

交通事故に遭って 

「むち打ち症」と診断された事があったのだとか

貫頂を一回受けただけで こんなに変化があったのだから

講座も受けてみようかしら… という展開になりました

修練をすれば もっと 快適になると思いますよ。

修練頑張って!

「貫頂」を受けたら 長年の悩みが解決した 

という話を聞くたびに

「日之本元極の功法」を 世の中にひろく

拡げていきたい  と思うのです。

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日之本元極修練, 屋久島, 白檀線香, 邪気

最近のこと

エネルギーがより強く より繊細に より深く

届いている感じがします。

以前は「胎息」の修練をしても

邪気が全身の皮膚から 出ている感覚は

これほどでは無かったように 思うのですが

先日、久しぶりに錬功会で 修練をしたところ

寒いのなんの~ 室温は20度ほどもあるのに

私の体感は 冷蔵庫です。

皮膚に湿疹が出ているときには

大量の邪気を うまく皮膚から排出するために

「胎児の時の呼吸を思い出して!」

胎息の修練が、役立ちます。

皮膚から 排泄された 強烈な邪気は

換気と 白檀線香を もくもく炊いて しのぎましよう。

屋久用石けんは 邪気を吸い出して洗ってくれます。

錬功会で「胎息」の 修練をした後には

すがすがしい高原の空気を 感じました

屋久島の浄化の力が 

修練中にも 届いているのだと 実感しました。

さらに 電話でご質問がありました。

「腰が痛くてたまらないのですが…」と おっしゃるので

他には なにか症状がありますか? と 私は尋ねました

すると

「また」が痒いんです。

肛門の周辺 や そこかしこ 痒いです。 と

これは、邪気が 猛烈に 出ている証拠です。

「階み講座」を受講された方々でしたら

その意味が おわかりだと思います。

腎臓にエネルギーが 入るときにも 

腎臓周辺(腰のあたり)が痛い感じがすることもあります。

体質によって 個性によって症状は様々です

あまり、身体の症状に囚われないで 気にしないで

修練をしながら しばらくの我慢です。

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日之本元極

最近のこと 、緊急の電話がありました。

風呂上がりに 背中を鏡に映してみたら

「びっくりするほどの 真っ赤な湿疹!」 

びっくりしています。

どうすれば良いでしょうか?  と

電話を頂きました。

ちょうど 屋久島訪問の直前です。

きっと、好転反応だから 心配しないで

修練をしながら 様子を見てくださいね

と 私は伝えました。

これは、神様が かわいがって

エネルギーを とどけてくださっている結果です。

コレにどう答えるかが 問われているのです。

これからの行動が 大事ですね

悟って 行動するしかありません。

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さらに、最近は 時節柄なのか?

エネルギーの レベルも上がっています。

からだ中のアチコチに 湿疹の出ている方々も

大勢おられるようです。

出毒素風呂に 入って 屋久用石けんで洗う。

木精クリームを塗って 修練をする。

これが ベストの対応です。

しかし、これで 治るとは限りません。

湿疹は 邪気が出続けて いる証拠ですから

しばらくは 我慢ですね。

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大ババタヌキは、まもなく99才

数え年で 100歳です

先日、100歳のお祝い会をしたときに

参加者から 思い出話がいくつか出ました。

その時の 話題です

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私が テニスや バトミントンや 野球などの

試合に出かけるときに 大ババタヌキがかけた言葉は

「勝って!おいでよ」 「勝ちや!」 

という言葉でした。

この年齢の おばあちゃんだったら

「怪我しないように~」 「気をつけて~」 と 言うだろうに

「勝ってこい!」 と 力強い声をかけてくれた

勝ち気で 頑張って 生きてきた証の

力に満ちた言葉だと 思いました

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勝ち負け 

人に勝つことが 大事なのではありません。

勝ち気であることは 自分を励まして

人に劣ることがないように 

頑張って生きてきたのだと思います。

その勝ち気が 

長い期間の一人暮らしを 支えたのだと思います。

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ブログほていや, 和裁, 長生きの秘訣

大ババタヌキは、和裁が得意です。

内職でしたが、その収入は

会社勤めの 男性をしのぐほどあったとか。

朝から、晩まで仕事をしていました。

「夜なべ」は当たり前でした。

針に糸を通す仕事は 子供たちの仕事でした。

呉服屋さんの名前は 「ほていや」

その中で 一番の稼ぎ頭だったというのは

大ババタヌキの自慢話です。

それほど、和裁が得意な 大ババタヌキは

小学校で、裁縫を習って 浴衣ぐらいは縫えたかな?

その程度の 裁縫の腕前だったそうです。

呉服屋「ほていや」さんのご主人が

「訪問着を縫えますか?」 と 聴かれたときに

「はい。判りました。縫えます。 見本も一緒に届けてください」

と伝えて 引き受けた時には

訪問着なんて縫ったことが無い!

それでも、出来ないと言えば 仕事を失うので

見本をほどいて また縫い直す

縫い方をすべて真似て 学んだそうです。

「出来ないと言わない」

「出来るようにする」 工夫と努力の結果

和裁が得意になった そうなのです。

手先が器用なだけでは、良い仕事は出来ません。

早くきれいに仕上げなければ 仕事とは言えないと

思ったそうです。

そのために、習ってもいない 「糸扱き」方法を

自分で考案して 編み出したそうです。

出来ないことは 努力して 出来るようにする

と 本気で思えば 出来るようになる。

これが 大ババタヌキの長生きの秘訣です

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飛騨の里にて

ブログ10年間, 55歳

大ババタヌキは、

45才で 夫が死亡したので

10年間は 家政婦 パート 嘱託の仕事 

和裁の内職などをしていましたが

55歳の時に 一念発起 正社員として働こうと思いました。

新聞の求人広告を見て 就職試験を受けたのです。

その時の年齢制限は 50歳!

55歳のオオババタヌキは 嘘をついたのでなく

無理を承知で 受験したのです。

採用は一人 受験者は7人 絶体絶命のピンチです。

ところが、結果は合格

その職場では 10年間 働きました。

その後も 早朝の掃除など 働き続けて

79歳まで 仕事をし続けました。

この ど根性と 意欲 

自信を持って前に進む「たくましさ」

これこそ 長生きの秘訣ですね。

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