母のこと

総合病院に入院した 母親は 血液検査や

MRI、レントゲン撮影、心電図など などの 

精密検査の 数々を受けましたが、

どこを どう 検査しても 異常が見つかりません。

まったく 正常値なのだそうです。

病院に 入院したとたん 腰の痛みも 軽減して 

食欲も出てきたので 比較的 元気を取り戻しました。

それでも まだまだ、腰の痛みは 続いていましたが

絶食で やせ細った身体は 毎日すこしづつ ふっくらして

遠方から かけつけた家族もそろって 安堵しました。

一方、大変だったのは 自宅です。

自宅は パジャマや 布団 枕に タオル さらに部屋中に 

邪気のにおいが こびりついていました。

絶食をすると 半端ではないほど 

邪気が 出ることは体験していましたが

これほど 出ていたとは…

私は 心配のあまり この邪気のすさまじさに 

気がつかずに 時が経ったようです。

それにしても 激痛だった 腰痛も 徐々に おさまり

母親は お腹の邪気脂肪が すっきりと減ってスリムになりました。

髪は、一気に黒みをおびて ふさふさに 量も増えました。

そして 一番の変化は 手相です。

よこに 走っていた 線の数々が 消えて

縦に走る 線が 増えたのだそうです。

具体的に どうして あれほど腰が痛んだのか??

どうして 食欲が無くなって 絶食状態になったのか??

よく分からないこと ばかりですが

元気を取り戻して 手相まで変化して ぼちぼち 歩き始めました。

しばらくお休みしていた 錬功会にも 参加しはじめました。

「カメ先生は 命を くれはったん やなぁ~~」 と 言いながら

少しずつ 日常を取り戻し始めています。

いつも 親切にしていただいておりますこと 感謝しています。

ありがとうございました。

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日之本元極気功

「鼻水が止まらない。」「肩が痛くて仕方が無い」と言っておられた Jさんです。音譜昨夜から免活を流し放しにしています。こめかみ辺りが痛いし、喉も痛いです。熱もないのに青鼻が溜まったり、、、

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顔を中心に湿疹が出ていた Sさんです。

音譜

昨夜、免疫力活性適正化手当包を修練しました。かなりのエネルギーが入りました。その後の六神秘功手当法は、今までに感じたことの無いぐらいのエネルギーでした。 お風呂に入った 後でしたが もう一度 入りました。あせるあせる

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音譜

背すじが曲がっていたのが 伸びました。

老化による 変化だとあきらめていたのに まっすぐに 伸びました。

背骨の関節にも 良い影響が あるんですね。

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そして 私の母親は また 布団にへばりついています。

今度は 腰の痛みではありません。

眠くて 眠くて 寝てばかりいるのです。

免疫力活性適正化手当法を 昨日受講して 

録音CDを再生しているからですねニコニコ

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母のこと

今日は 母親の退院祝いです。

娘と 孫 ひ孫 がそろって 食事です。

参加した皆が 「よかったねぇ」と 口をそろえます。

そして 付け加えて 一言 

「こうして食事できるなんて 二度と来ない と思ってたわぁ」 でした。

94歳 高齢の母親は、 二度と回復など 期待できないほどに 

衰弱していたように みえたのです。

そして

母親は 今日 「免疫力活性適正化手当法」の 講座を受講しました。

講座が はじまった とたん 顔をゆがめて 「腰がいた~~い」 と言います。

そのため、布団に寝させて 受講しました。

この講座は やはり 特別効力が メチャ 高いのですね。

自宅から 日之本までは 歩いて出かけたほど 

元気を 回復していましたが 講座の エネルギーで ノックダウンです。

これからの 好転反応が 楽しみでもあり 不安でもあります。

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母のこと

3月31日から 4月8日まで 

母親は腰の痛みによって 起き上がれず 寝たきりの状態でした。

食べ物は 一切食べれず 味噌汁のスープなどの 水分だけを補給しました。

絶食状態にして 邪気を大量に排泄している状態だ とは 思っていましたが

何と言っても 94歳 42キロの体重は みるみる減って やせ細る毎日でした。

近くの医院に 往診を頼みましたが 脈はしっかりしていますから と

「痛み止め」 と「点滴」を 処方されました。

その後、「真っ赤な バラの花が開いたなぁ」 と 母親が言葉を吐くやいなや

「医療機関に入院させなさい」 と 天から言葉が降ろされました。

その時は夕刻、

「救急車を呼ぶのも騒がしいので 明日になってから受診します。」 

と私が伝えますと

「すべての準備は 整っていますから 今すぐに 入院させなさい。」

と 天から 言葉が 繰り返して 降りてきました。

仕方なく救急車を呼んで 入院させることにしたのですが、

病院に到着するなり 母親が言うのです。

「腰の痛みが無くなったビックリマーク」 と  そして

簡易検査の結果は すべて異常なしでした。

つづく

母のこと

母から 朝早く 6時10分頃に

「腰が痛い叫び」と 突然の℡が かかってきた

その翌日から 母親は 敷き布団にぴったりと張りついて 

びくとも動けない 状態に なってしまったのです。

起き上がることも 首をあげて テレビをみることも

寝返りを打つことも まったくできません。

ずっと 布団にへばりついています。

まるで、背骨を骨折した人が 固定されて ギブスベットに

寝かされているような 全く動けない 状態なのです。

少しでも動かそうものなら 「痛い いたい イタイ」と すさまじい悲鳴ガーン

寝ている状態で 食事をさせようとして スプーンで口に 運んだところ

「痛~~い」と また 叫びます。 どこがどう はてなマーク 痛いのかと たずねると

「とにかく お腹が痛いので、少しも食べれない叫び」 と言います。

そして 8日間ものあいだ 水と 野菜スープ と お茶と りんごジュース

で しのぐ時間が流れました。

救いだったのは、よく寝ること 身体を動かさずに 

布団を身体の上に 掛ければ ずっと 眠っていました。

その時ひらめき電球

これは きっと 好転反応

かならず、元気になるから なるようにしかならない。 

と 悟って 寝させておくことにしたのです。

そう悟ったのは  この 母親の緊急電話 の

予行演習のような 出来事が 昨年の秋頃に あったからです。

ある朝の 6時10分頃 

「早く 母親の所に 行ってあげなさい。」

「とても 困っていますよ。」 と 天の声が突然降ろされました。

大急ぎで母の家に 行ってみると まったく普通に生活しています。

慌てて 出かけた私に向かって 母親は平然として 言いました。

「こんなに 早くから なんか あったんか?」 と

なので、今回のことも 神様の意図することだとは 思っていたのですが

あまりにも 衰弱していく 母親を見ていて 驚きと不安の連続だったのです。 

つづく

母のこと

3月31日(日) の朝 六時頃に

母親から電話が かかってきました。

「腰が痛くて 動かれへん」叫び

「夜中に 腰が急に痛くなって 動けなくなった」 ショック!あせると言うのです。

さっそく、母親の元に駆けつけると

「動けない。 立てない。歩けない」ガーン と 言います。

ちょうど、一ヶ月ほど前から、腰が痛むことが 何度かあり 

そのたびに 半身浴などで 十分に暖めると 

痛みがなくなったので 入浴させて 様子を観ました。

この日が、

これから始まる 38日間の 寝たきり生活の 

幕開けの日になろうとは 私も 想像さえ出来ませんでした。

自宅での8日間の絶食(水分・ジュース・スープは少々飲みました)

30日間の 入院生活の 様子をぼちぼちと お伝えしようと思います。

そして、昨日から 

日之本元極へ 再び通い始めた母親が 言うのです。

「手相が変わった!!

身体が 元気になったら 手相が変わった!目

寝込む前には 手には 横の線ばっかり得意げ あったのが

縦の線が いっぱい 増えてきて 「手相が変わった」音譜

カメ仙人から 「命のプレゼントをもらったからかな…」

日之本元極気功

いや~ぁ~ この免疫力の功法は すごいです。

私は まだまだ 好転反応が 続いています。

毎朝、起きると 両手の指の関節が 腫れて痛みます。

朝には 手 全体が 腫れているのですが 

夜になると 縮んでか シワシワになります。

朝は 手のひらの皮膚が 分厚くて 硬いのに

夜には 柔らかくて かさかさした 皮膚に激変します。

朝は 身体は重くて 怠くて 眠くて絶不調

午後からは とても元気に なっていきます。 

でも いつも 眠いです。

これまで さまざまな 功法が誕生して 受講して 修練をして

すでに9年ですが こんなに 怠くて 好転反応が続くのは初めてです。

私が そもそも ガン体質だと いうこともあるんでしょうけれど

とっても 元気で健康だと 思っていただけに ショックです。

修練ビックリマーク頑張ります。

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幼いときから 目の周りに ステロイド軟膏を 塗り続けたHさんは

目の周りや 顎 頬の 「骨が 痛い」 好転反応が 出ているそうです。

そういえば カメ仙人は ステロイドは骨に蓄積されます。と

警告されていました。

それにしても ステロイドは 医療にとっては 当たり前の存在

これなくしては 医療が 成り立たないほどです。

ステロイドを使った治療によって 健全な免疫力が 育たずに

寿命を縮めてしまうのだとしたら 

気功の修練を 頑張るしか ないですね

修練 頑張りましょビックリマーク

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子供の頃に 

目の周りに ステロイド軟膏を塗り続けた

修練者のHさんの 好転反応は それはそれは 醜いほどに

たいへんな 状態です。

目の周りの 湿疹が 一向に  無くならないのです。

しかし 「天のまなみ」「海のまなみ」で湿布すると 

湿疹は いったんは消えて きれいに治っていくのですが 

治りながらも 同時に 次々に 発生するのです。

再生と破壊が同時に 起こっている まさにそういう 印象です。

赤く腫れる → かゆい → 黒くなる → 硬く変化して皮膚がはがれる

この一連の 免疫反応が 猛烈な勢いで 繰り返しているので

なんだか 同時に起こっている ような状態です。

症状が 発生して増悪しながらも 治癒していく  

そしてまた また 湿疹が発生する の繰り返し。

まるで 免疫力が

鍛えられて 成長して → 活性化しすぎて → 攻撃して 

これでは 強すぎるから 適正に働こうと 調整されている。

適正な 免疫力の 度合いが分からないから 

身体のネットワークは 調整中 練習中で

整って 協調するまで しばらくはがまん得意げ 我慢べーっだ!

「もうちょっと だから がまんしてねぇ~~音譜 」 と

メッセージが 届いているのかな?

この 強烈な 好転反応をみていると 

本当に 根本から 免疫力を 見直して 

生きて働く力となるように 鍛えられているグー かのようです。

それは 今までにも 増して

免疫力が 活性化して 適正に働く必要がある 時代に

突入したから かもしれません。

インフルエンザやコロナウイルス 風疹 の流行

放射能の 避けられない時代に 生きる我々には

必須の 功法になりますねビックリマーク

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受講条件は

「六神秘功手当法」 を 受講していることですが

お子さん アレルギーの症状が強い方などは、

受講することを 優先させた方が 良い場合もあります。

その際には、階むⅠⅡⅢⅣの 代金を前納していただいた上で、

「免役力活性適正化手当法」を 先に受講することが 可能です。

未受講の功法は おおむね 6ヶ月以内に 

受講していただければよいのです。

詳しくは 新宮支部まで お問い合わせください。

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日之本元極の講師となってから

「虹」を 見る機会が なぜだか 多くなりました。

5月2日の 午後

私が 外に出るのを 待って 現れてくださったはてなマーク

そんな ベストのタイミングで見た 「虹」です。

しばらく見とれていたら すぐに 消えてしまいました。

くっきりと きれいな アーチが かかっていました。

それにしても なぜ、こんなに 虹を見せてくださるんだろうはてなマーク

「しあわせ」に なるのかな

不思議大好き ババタヌキ-image

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音譜カメ仙人は 食道楽で 「おいしいお店」 の情報があると
すぐに 出かけて行かれます。

そんな カメ仙人の お勧めのラーメン店が 高山の中心部にあります。
私も 何度か行ってみて 「おいしいビックリマークちょっと 味は濃いけれど…」 と 
思っていました。

何度か行くうちに、「まずいビックリマーク」 と 感じる時が あることに 気がつきました
「どうしてだろうはてなマーク」 と 疑問に思って あれこれ 観察をしていると

ご主人が 担当して つくってくださる時は とてもおいしいチョキ

ところが 奥様が 担当されると まったく 味が違うショック! のです。

同じスープで 同じ麺 同じレシピでつくっても

作り手の ちょっとした 思惑が 違うと

こんなにも 味が違ってしまうものかと びっくりしました。

「おいしい」 ときと 「まずい」時があるとは 分かっていても

自然に 足が向いて そのラーメン屋に通っていた ある日のこと

奥様が 厨房を担当されていました。

「しまった!」 ショック!と 思いつつも いまさら店を出る わけにも行かず

食べたんです ラーメン   それが とっても おいしかったラブラブ

そのときは 夏のお盆の季節 忙しいときで 

アルバイトの 若い青年が3人 ほど働いていました。

若者たちは 威勢が良くて 活気があって 笑顔で対応してくれました。

なんだか にこにこニコニコ の 奥様は 上機嫌です。

そうかひらめき電球ひらめき電球

ラーメンの味は 創る人の 思惑に正比例するんだビックリマーク

我が身の仏頂面を 反省しつつ

「おいしい食べ物」の 奥義を悟った 瞬間でした