日之本元極修練, 気のエネルギー

先日のこと 本宮修練舎に、
10年ぶりぐらいに 貫頂を受けに来てくださった

高校生の修練者がいます。

本宮修練舎の 錬功会に参加している
当時と変わらぬ修練者の 様子を見て

こんな印象を 持ってくださったそうです。

「Sさんも Mさんも 私が小さかった時に
出会った時よりも 

「もっと きれいになった😃」 と

10年一昔といいますけれど、10年の年月を経れば
ヒトは、例外なく老いて 
「きれい!」とはいえないような状態に

誰しもがなってしまう はず! ですが

幼い時の印象よりも
「もっと きれいになった!」ということは
Sさんや Mさんの  
修練を継続している たゆまぬ努力が

実を結んだということでしょう。

「元気・元光・元音」(三元エネルギー)の成果によって
光り輝くような 修練者の姿が 
「前よりも もっときれい!になった」
という印象を 鋭い「直感力」によって
受け取ってくださったのでしょう。

 

ところで、
私は、やっぱり老化したように 見えたのかな?
仕方ないけれど…… 😅

 

日之本元極飛騨高山

功法「清昇濁降」は、
むち打ち症の方の 症状を治すために創られました。
四つ角の交差点で、出会い頭に衝突して
思いがけない交通事故に出会った Aさんは

「むちうち症」と診断されました。

病院では、検査の結果「骨には異常がありません」
様々な不定愁訴は「精神的なもの」と診断を受けて

処方されたのは「精神安定剤」と「睡眠薬」

それでもなお、
首や肩の痛み、頭痛、右目が下がっている感じ がなんとも不快なので

紹介されて、日之本元極に来られた Aさんは

折り紙の端がきれいに整わない
黒板に書いた文字が、右下がりになる
元気が出ない。いつも頭が重たい

という症状を訴えました。

そこで、Aさんの無形の身体に心を置いて 
背骨などを観察すると
頸椎が、らせん状に回転するように曲がっています。

さらに、自覚症状がある右目の方が、下に下がっている感じがしました。

「髄液が漏れています」と天の声が聞こえたので
探ってみると、脊髄液を包んでいる膜に小さな穴がありました。
ここから、ほんの少しずつ、脊髄液が漏れているようなのです。

「脊髄液減少症」とは、こういう状態なのだということが分かりました。

増田先生によって
髄液が漏れている部分を 気のエネルギーで繕っていただき
後に残ったのは、首の骨のねじれです。
この骨のねじれは、すぐに元通りにすることが難しかったので

新しく創作された功法が「清昇濁降」なのです。

その後、大分県の宇佐神宮の 払いどころの神様から
邪気を祓う力をいただいたことで、
さらに 効力があがり エネルギーの作用が強力になり

最初は30分だった修練時間は 8分に短縮されて創り直されたのです。

今後「カタカナバージョン」が、公開されると
さらに、効力はあがって

とんでもない力をもった 功法に変わっていきます。

むち打ち症の方も
背骨の曲がっている方も 側湾症の方も
顎関節症の方も 
どなたもが 効果を受け取ることが出来る功法です。
講座を受けて、修練をすれば!です。
修練の継続によって、効力は上積みされていきます。

日之本元極気功教室, 飛騨高山

昨日は、
あちらこちらから「絶不調のニュース」が届いた日でした。
きょうは、そんな出来事も無く 何気ない1日でした

身体もだるくて、グズグズしています。

「絶不調」のお便りをご紹介します。

・「声聞法」の修練がしましたら
 「今」という漢字が浮かびました。

 どういう意味でしょうか?

・発熱しています。37.5度あります。風邪の症状はありません。

 夜には、38度まで上がりました。

・場創リセットを設置しました。
 いつも元気で、横になって休むことなどない父親が

 寝込んでしまいました。どうしてでしょう。

・何だか顔の浮腫みがひどく、身体が重くてしかたないのです。

・今日、清昇濁降をしました。いつもとは全く違う感覚でした。
 いつもと違い過ぎたので、何だコレ??、と3回続けてしまいました
 皆さん、同じく具合が悪かったんだと 何だか妙に納得できました。

・眠くて仕方がありません。

 立っていても、歩いていても眠ってしまいそうです。

・エネルギーが、頭のてっぺんからガンガンと猛烈に
 入ってきます。一体どうしたのでしょう??

 

この皆さんの 絶不調が好転反応でありますように。
大きな変化がある「今」は、

効力が大きく上がった「今」であるように

祈ります

 

日之本元極飛騨高山

毎日、暑い日が続いています。
近年の暑さは、特別です。
高山は、標高が500メートルほどはあるので
数年前までは、クーラーなど使わなかったし

扇風機で十分だったのです。

昼間は 部屋の中で クーラーを付けていることが多くなりました。

暑いから身動きしません。

そこで、涼しくなった夜に 歩くことにしました。
一時間です。
神鳳ミロクヨ遊歩功をリュックの中に入れて

念訣しながら 歩きます。

一週間ほど歩いた後に 
足に500グラム(両足で1キログラム)の
おもりを付けて 負荷をかけて歩きました。
なまっている身体には 結構重いのです
1㌔㌘は 負担があるかな? と思っていましたが
筋肉痛はありません。
翌日の疲労感も ありません。
汗がいっぱい出て スッキリ爽やかで快適です。
歩けば歩くほど 疲れること無く
どんどん元気になる ことが判りました。
夜は暗いので、
姿も見えないし 顔も判らないし、涼しいし、
疲れるどころか 歩功の修練をすればするほど
元気になります。
筋肉痛なんてありません。
夏の夜の 夕涼み 歩法
皆さんもいかがですか?

 

日之本元極飛騨高山

8月13日 長野県木曽郡木祖村に 
神の命に 導かれて行ってきました。

木祖村は 「お六櫛」の里です。

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お六櫛は(ウキペディアより)
  • 元禄年間(1688年 – 1704年)、持病の頭痛に悩んでいた村娘お六が、治癒を祈って御嶽山に願いをかけたところ、ミネバリで櫛を作り、髪をとかしなさいというお告げを受けた。お告げのとおりに櫛を作り髪を梳いたところ、これが治った。ミネバリの櫛の名は広まり、中山道藪原宿の名物として作り続けられることになった。
  • 1982年10月21日 – 長野県知事伝統的工芸品に指定。
  • 2016年4月25日 – 文化庁 日本遺産に認定。
  • ミネバリ(峰棒)は、カバノキ科の落葉高木。高さ15m、太さ60cmほどに育つ。目の詰まった硬い木で、日本産の樹木の中ではイスノキの心材についで重い。別名オノオレカンバ(斧折樺)。
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髪の毛をくしけずる という動作が
功法有無の中に「手ぐし」として生かされています。
「お六さんが髪をくしけずって、頭痛が治った!」

という史実から、命名されたとされています。

この「手ぐし」の効力をアップさせるから、

お六櫛の生産地に来るように、導かれたのです。

本日の処暑特別講座の時に
木祖村の話をしましたら

修練者のNさんが、驚いておっしゃいました。

私は「手ぐし」の回数の多さに少々うんざりして
いい加減な動作を 繰り返していました。
ところが、一週間前くらいから

この「手ぐし」の動作を 心を込めて丁寧にするようになりました。

自然に「大切な動作だから頑張ろう!」と思えるように
気持ちが変化してきたのです。
木祖村に行かれた事と 私の気持ちの変化は

同期しているのでしょうか? と

効力が増したこと、
歴史を知ったこと
事実として、人の病に役立った歴史を受け取ったこと

等などが 影響しているのでしょうね。

功法有無の「手ぐし」は、とても大事なので
何回も 何回も修練に登場するのです。
心を込めて 頑張りましょ!

 

日之本元極, 神様の言葉飛騨高山

下の写真は、
左側が「利尻島」と「礼文島」
右側が「屋久島」と「種子島」
の衛星写真です。
島の大きさは、異なりますが

姿、形は、実にそっくりです。

さらに、島の環境もそっくりなのです。
利尻島は、利尻富士と呼ばれる利尻山(1721メートル)が
島の真ん中にあり、
島の外側に、国道がぐるりと一周走っています。
利尻島の面積は 182.11 km²
お隣の礼文島は、浮島と呼ばれて「野草や花」の宝庫です。

 

屋久島の面積は 504.9 km²
屋久島は、野生動物と屋久杉の森で知られています。
宮之浦岳(1,935 m)には、太古の昔から生き続ける縄文杉があります。

島の外側を生活道路が一本走っています。

一年365日のうち、300日は雨が降ると評される「屋久島」ですが
お隣の「種子島」は、

晴天が多くてロケットの打ち上げに最適とされています。

南の端と 北の端の 実に似ている二つの「島」に
行くようにと 天命によって 導かれたのです。

屋久島へは2年前に、行くようにと命じられました。

この二つの「島」に、なぜ?
行かなければならなかったのか? 

その理由については、知らされてはいません。

いつかふたたび「利尻島」と「礼文島」に

行かなければならない時が、来るでしょう。
と予言されています。

 

 

 

 

日之本元極, 神様の言葉天の声, 屋久島, 飛騨高山

北海道の利尻島へ行きました。
導きがあったからです。
「夏休みになってからでは、どうでしょうか?」 と

天に、時を伺いましたら

「立秋の時が来る前に来てください。」と おっしゃるので

「どうしてですか?」と その理由をお尋ねしました。

すると 天はおっしゃいました。
「来るときが遅れると、この島に来れなくなるからです。」
「稚内から船で来なさい。飛行機ではご用が果たせません。」

と具体的なご指示もありました。

8月3日から5日
利尻島へ行き、導き通り、駆け足で利尻島を巡りました。

天気は「雨」。風も強くて、観光どころではありませんでした。

ようやく、高山にたどり着いた翌日
50年に一度の大雨が「利尻島」と「稚内」に降りました。
導き通りに、行くべき時に行動することが大事だったわけです。
「利尻島」「礼文島」姉妹都市は
「屋久島」「種子島」なのだそうです。

そのわけは

つづく

 

受講生との会話, 日之本元極, 無形のエネルギーの存在修練, 気のエネルギー, 飛騨高山

先日のこと、修練者の方からご質問をいただきました。
「気のエネルギー」は、他の人に瞬間的に移動する事があるのですか?
人から悪意を持って「気を取ろう」と思っていない人であっても
エネルギーが移動してしまうことが、あるのですか? と
**************
気のエネルギーは水と同じで
高い方から低い方に移動することはあります。
高い方から低い方に流れて、平均化する結果を生みます。
本人が、意図しなくても、万物の法則として移動する原則はあります。

と 私は答えました。

そう答えたものの 実感として どういう場合に
このようなエネルギーの移動が起きるのか? 

不確かさも感じていました。

そして、ある朝のことです。
早朝に、ある修練者から電話がかかってきました。
こういう場合には「救急車の中から電話しています!」という
緊急の事例もあるので、大慌てで電話に出ました。
すると 
私の体調が3ヶ月ほど前から 悪いのですけれどどうでしょうか? 
食欲がないのですが、胃腸の調子はいいですか?
頭も痛いのですけれど、観てください。

という内容でした。

一度、お目にかかりたいですね。 と

お伝えして、電話を切りました。

この瞬間に、私の気のエネルギーが ごっそりと

相手に移動した事を知りました。

私の慣習として、人から身体の事を問われると 
観ようとしなくても ついつい観てしまうのです。
疲れて、お腹がすいて、しかし食べる気力も無くて
また、寝てしまいました。

エネルギーがごっそりと抜けて 枯渇している状態でした。

また、ある方は
決まって夜が更けた頃に 電話があります。
精神的に不安定で、鬱症状のある方です。
気持ちが落ちているんです。話をしてください。
少しでいいんです。話しかけてください。

と おっしゃいます。

それで、修練を頑張ってくださいね。等など お話をしていますと
「あぁ~~いい感じです。もういいです。」「ありがとうございます」
と電話が切られます。

つまり、ここでも「エネルギー泥棒」が成立しているのです。

講座を受講したり、修練を頑張っている方へは
気のエネルギーの移動を承知しながら、
電話の対応 → 気のエネルギーの移動

を許容して黙認しているときもあります。

瞬間的な気のエネルギーの移動。
みなさんは、どんな場合に体験することがありますか?

 

12字真言, 日之本元極修練, 日之本元極, 飛騨高山

先日のこと
遠方から、講座を受講するために
高山市の本宮修練舎まで、来てくださった方がおられます。
受講のたびに 驚きながらおっしゃる言葉は 初々しくて
我々がすっかり 忘れていた事ばかりで 学びになりました。

ご紹介します。

*********
これまでの人生は、
子育てやら 家族の病気や 看病の連続で
病院通いの時間が 生活の大部分を占めていて

いつも 追われるような時間を過ごしてきました。

これまでの人生では
自分のための時間なんて 少しも無かったように思います。
講座を受講して 自分のために時間を使える「修練」は
それはそれは 幸せな時間です。
12時真言の念訣をしながら「修練」が出来るなんて

本当に夢のようです。

講座を受講して修練をしていると 毎日 驚くことばかりでした

日焼けしたように 黒かった顔色も 日ごとに色白になりました。

足が痛くて、椅子にしか座れなかったのに 
いつの間にか 座布団に座って修練が出来るようにもなりました。
歩くスピードも ずいぶん速くなりました。
*********
そういえば 
私も修練をはじめた 20年ほど前には
初々しい気持ちと😆 
驚きを持って 修練に励んでいたのだと思います。😅

 

日之本元極修練

修練をするということは
要らないモノを そぎ落とす作業を続ける ことになり
自分のための楽しみを いつの間にか手放して

生きる目的が 変化することなんだ と 気がつきました。

これまでにも 言葉では理解していたのでしょうけれど

本当に 気がついたのは つい最近です

階ヒト高級講座の 功訣は
「きみちて きのい みのい を ぬぎすてる
 つきひを こえた みよくよへ 」

というものです。

この短い功訣を聞いた 102歳の 母親が言いました。

「これは、般若心経みたいな意味かぁ~」と 聞くのです。

母親は、耳が遠くて
詳しいことは、何も聞こえないし、
理解できないことが多いのに

「般若心経か?」と 質問をするのです。

驚きました。

修練をするということは
人が、正しい道を歩くために
余分な「こと」「もの」を脱ぎ捨てて 
それでも 執着する気持ちを
脱ぎ捨てて 脱ぎ捨てて

ひたすら 歩くだけでいいんですよ。

と 悟ることなのかも知れません。

私は、まだ まだ
おいしいビールを飲みたいし
ウナギの蒲焼きも食べたいし と 

「欲」が居残っています

こういう 欲が無くなることを願って 修練することにします。
(ちょっとだけ「欲」を残しておきたいとは 思いますけど 😁)